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最高裁判所第三小法廷 平成4年(オ)818号 判決 1993年10月19日

上告人

齋藤巧

右訴訟代理人弁護士

渡邊大司

佐々木洋一

被上告人

齋藤ケシ

齋藤良子

齋藤清重

齋藤和二郎

齋藤善三郎

佐藤娃子

齋藤善實

右七名訴訟代理人弁護士

千田功平

被上告人

鈴木好子

小野寺千惠子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人渡邊大司、同佐々木洋一の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程にも所論の違法は認められない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

原審の適法に確定した事実によると、本件遺言書は、景雄が遺言の全文、日付及び氏名をカーボン紙を用いて複写の方法で記載したものであるというのであるが、カーボン紙を用いることも自書の方法として許されないものではないから、本件遺言書は、民法九六八条一項の自書の要件に欠けるところはない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第三点について

原審の適法に確定した事実関係は、本件遺言書はB五判の罫紙四枚を合綴したもので、各葉ごとに景雄の印章による契印がされているが、その一枚目から三枚目までは、景雄名義の遺言書の形式のものであり、四枚目は被上告人齋藤ケシ名義の遺言書の形式のものであって、両者は容易に切り離すことができる、というものである。右事実関係の下において、本件遺言は、民法九七五条によって禁止された共同遺言に当たらないとした原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官大野正男)

上告代理人渡邊大司、同佐々木洋一の上告理由

第一点<省略>

第二点

原判決には、民法九六八条一項の解釈適用を誤った違法があり、その違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかである。

原判決は、本件遺言書全部(四葉よりなる)がカーボン紙を用いた複写によって作成された事実を認定したうえ、「カーボン紙を用いることも自書の一つの手段方法と認められるというべきであり、・・・カーボン紙により複写した場合も自書に当たるものと解するのが相当である。」と判示する。

民法が自筆証書遺言について遺言者による全文の自書を要件とした趣旨は、自書による筆跡は容易に模倣しにくく、遺言が遺言者の真意に出るものであることが比較的容易に判別できるというところにある。

電子複写機によるコピーが、自書と解することができないのはほぼ異論がないところであろう(加藤永一・新版注釈民法二八巻四六頁、久貴忠彦・右同書八三頁)。右コピーは、筆記具で書いた原本と同一の配字、字画構成、字形となるが、筆圧、筆勢、筆記具の相違はほとんど捨象されてしまい、原本に様々な作為を入れる余地が大きいため偽造しやすく、偽造文章であっても容易にはそれと判別できないことが、コピーを自書とはなしがたい所以と考えられる。ところで、カーボン紙による複写は、真筆ないしそのコピーのような手本となるものをなぞれば、容易に真筆と配字構成、字画構成、運筆において同一の筆跡を顕出することができることになり、真筆の模倣が容易で、偽造の危険が定形的につきまとうといえる。又、カーボン紙による複写は、例外なく筆圧、筆勢、筆記具の相違が分からない平板な筆跡になってしまい、後で真正な筆跡であるか判別がきわめて困難である。右のとおりカーボン紙による複写にも、電子複写機によるコピーが自書といいがたい根拠となる事柄がそのまま当てはまるのであり、右コピーが民法九六八条一項の『自書』といい得ないのと同様にカーボン紙による複写も同条項の『自書』ということはできない(なお久貴忠彦教授(『自筆証書遺言の方式をめぐる諸問題』現代家族法大系5、二二一頁)は、『カーボン紙による複写による場合は自書の概念からはずれることはいうまでもない。』とされる。)

このように解しても、作為がなく真にカーボン紙で複写したものであれば、その複写したものと同一の原本に当るものが常に存在するのであるから、複写したものを自筆文書でないとしてもなんら不都合はないはずである。

したがってカーボン紙による複写である本件遺言書を自筆によるものとした原判決には民法九六八条一項の解釈適用に誤りがあり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第三点

原判決は、民法九七五条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

原判決は、本件遺言書が共同遺言には当たらないとした第一審判決を全面的に引用する。

しかし、本件遺言書の四枚目はその作成名義からして齋藤景雄の妻の被上告人齋藤ケシの遺言書となっており、これが一ないし三枚目の齋藤景雄の遺言書部分と契印され一体の文書となっている。また、内容的にみても、被上告人齋藤ケシの遺言部分は、齋藤景雄が被上告人齋藤ケシに生前贈与した宅地、そして齋藤景雄が所有する建物の敷地である宅地を同被上告人が死亡したとき齋藤良子に贈与するという景雄の意思(考え)を含ませているものである。したがって、本件遺言書はその形式、内容とも民法九七五条が禁止する共同遺言に該当し無効とすべきである。

以上いずれの点よりも原判決は違法であり、破棄されるべきである。

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